十人十色はもちろん服も好きなんだけど、
人間が好きっていうのがまずあって。
no.004
拓夢
Vintage select shop 十人十色 代表
富山県高岡市出身。
あらゆる古着のジャンルを無効化し、まっさらな気持ちで自分の「好き」と向き合う古着屋店主。
激戦区、東京原宿の古着屋での経験をさらに深化させるため全国各地で POP UP を敢行中。古着を通して人と人を繋ぎ、地元高岡を盛り上げていこうとこの秋、実店舗をオープン予定。
聞き手:田中章宏(たなかあきひろ)
terrain vague 主宰
1998年にフランス、イギリスを中心としたヨーロッパのビンテージショップ“monogrim(モノグリム)”をオープン、2018年にクローズ。古いものを通じてより開かれたコミュニケーションの場を作りたいと、terrain vague をオープン。
—— 最初から高岡でオープンするつもりで勉強のために東京に行ったの?
—— そこはもう100パー決めてました。
田中)
九州は初めてなんですね。
拓夢)
そうなんですよ、旅行でも初めてで。うん、ほんとに初めての九州です。
田中)
四国とかは?
拓夢)
四国もなくて。大阪と京都、兵庫の3つで関西のポップアップやったんですけど、そこが多分1番西側南側。
田中)
今まで行った中で?
拓夢)
ええ。
田中)
北海道とか
拓夢)
もなくて、実は海を渡ったの初めて。
しかも新幹線で寝てたんで気づいたらもう福岡でした。
田中)
え、海外とかは?
拓夢)
も、まだなくて。本当に行くタイミングがなくて。
田中)
じゃ、ほんとに海渡ったの初めてだ。初めてなのに寝てたんだね。
拓夢)
ええ、夜中でしたし。笑
田中)
十人十色さんは富山からっていうことだけど、富山ってどんなところなんですか?
拓夢)
まあいい意味で言うと、なんか時間がゆっくり流れてるみたいな。よく言われるんですけど。うん、ま、田舎ですね、一言で言ってしまえば。まあ、でも山も海もあるっていうのはすごくいいとこだなと思ってます。ちゃんと綺麗な海ですし。ぼくの家の近くに高岡大仏っていう、あの奈良や鎌倉に次ぐ大仏があったりはするんですけどそういう大仏の中では一番地味。中途半端なんですよね。都会でも田舎でもないみたいなところなので。
田中)
でも、歴史はあるでしょ?
拓夢)
ありますね、うん。
田中)
じゃあそこでずっと?
拓夢)
そうです。生まれも育ちも富山県の高岡市。
田中)
何歳までそこにいたんですか?
拓夢)
高校まではずっと富山県でその後石川の短大。でも、ぼくは1時間くらいかけて車で通っていたんですよ。だからずっと富山県でした。そして21から東京、原宿の古着屋さん。
田中)
いつ頃から古着に興味が出てきたんですか?
拓夢)
富山にいた時は、それこそいろんなブランドも着てたんですよ。山本耀司とか好きで。で、そのブランド着ていたりする中で、そのブランドの元ネタとかが古着にあることを知ったんです。例えば名作と言われるバルーンパンツってやつがあるんですけど、あれとかは、元々80年代のめちゃくちゃテーパードが強いパンツだったりする。
そしてその80年代の古着とYohjiなんかをミックスするようになって。他のブランドとかも結構着ていたので、そのブランドの元ネタを古着で探したり。そうやって古着の面白さに気づいていきました。元々8対2とか9対1でブランドもの着てたのが、気づいたら逆になってて。今はほとんど古着です。
田中)
なるほど。東京出たのはどういうタイミングで?
拓夢)
高岡にかっこいい古着屋がなかったんです。かっこいい人や服好きだったり感度が高い人はみんな隣の金沢に行っちゃったりで。ちょっと遠いんですけど名古屋や大阪に行ったり東京に行ったりっていう感じで。みんなどこかに行って服を買ってた。で、かっこいい古着屋ないんやったらもう自分で作りゃええやん!みたいなテンションで東京出ました。原宿の古着屋で働いて独立するために。
田中)
じゃ、最初から高岡でオープンするつもりで?勉強のために東京に行ったの?東京住みたいとかそういうのじゃなくて。
拓夢)
そこははもう100パー決めてました。
田中)
そこはもちろん自分のためなんだろうけど、 ある意味高岡のためのようにも聞こえる。
拓夢)
そうです。好きなんですよね、高岡が。なんか合ってるというか。特に特徴もないんだけど。流行りのカフェもないし、ちょっと遅れてるんですよね、言ってしまえば。なんか東京だと数年前にタピオカとか唐揚げ屋さんが流行ったんですけど、それが結構最近流れてきたりとかで。笑。やっと来たなぐらいの感じではあるんですけど、なんか逆にそれがいいなみたいな。ちょっと頑張ってるよみたいな感じがしてそこが好きなんですよね。
ぼく自身は結構生き急いでるタイプなんで。
田中)
そうなの?
拓夢)
はい、これやらなきゃ!次はこれやらなきゃ!みたいな。予定とかも常にめちゃくちゃ詰めちゃうタイプなんですよ。何時から何時までこれやって!みたいな。その性格が高岡にいるだけで、なんかちょっと柔らかくなる。東京にいるともうずっとそうやって生きちゃうのに地元にいるだけで性格も柔らかくなっていく。そういうのもあってやっぱり好きなんです。
田中)
必要なんだよね、高岡が。
古着屋さんで働いていたのは3年間ぐらい?
拓夢)
そうですね。2、3年ぐらい原宿。ずっと同じお店でした。
田中)
激戦区でしょ。いきなり富山から行ってすぐ順応できたんですか?
拓夢)
かけ離れすぎてて逆に順応できたかもしれないです。全然違う舞台じゃないですか。真逆だからこそ違う世界っていうところで馴染めたかもしれないです。中途半端な違いだったら逆に無理だったというか。ぼく以外に北陸出身者がいたのも大きかった。
田中)
そこではどんな仕事やってたんですか?
拓夢)
おもに接客です。オーナーは考え方がすごく素敵な人で、無理やり売るぐらいだったら売らんくていいよ。売り上げ0でいいみたいなタイプの人。来てくれた人に合うものを紹介して徐々に徐々にでもいいから、その人が少しでもかっこよくなってくれればいいんだっていう。それを続けていれば基本的に売り上げって立っていくし、本当にお客さんとお前(拓夢)のためにもなるんだよって。ぼくもその考えすごく素敵だなって賛同できた。接客だけではなく、そういうビジネス的なところまで学ばせていただきました。
田中)
東京での生活はどうでしたか?
拓夢)
原宿の古着屋で働いてる時に、お客さんも結構人として繋がってたんですよ。お客さんとスタッフじゃなくて、人と人として。そういうところいつも大切に考えてたんで、友達はすぐできましたね。
田中)
人間が好きなんだね。
拓夢)
それこそ十人十色の名前の由来でもあるんですけど、どういう風なきっかけで服が好きになったとか、どういう服が好きなのかとか、服好きでもいろんな種類があるじゃないですか。服というもの自体が好きだったり、コーディネートが好きだったりとか。人のそういう話を聞くのがめっちゃ好きなんですよ。十人十色はもちろん服も好きなんだけど、人間が好きっていうのがまずあって。
田中)
いいですね。今のところ見出しにしよう。
古着ってもっといろんなものがあるんだよっていうのを伝えていきたい
田中)
東京の古着屋で働き始めて、古着に対する考え方や見方って変化した?
拓夢)
富山県はどちらかというとビンテージ色が強いんです。デザイン古着みたいな今ぼくが取り扱ってるようなものはなかった。古着にもいろんな服があるんだよっていうのは東京に出てから気づいたことかもしれないです。
田中)
富山に限らず、日本全体それは言えるよね。ビンテージというある程度価値が認められたものやこれはいいっていう共通認識のある、人が安心できるものを扱うお店は地方のほうが割合が高いと思う。
拓夢)
間違いないですよね。それも結構場所によると思ってて。ぼくこの全国ツアーでお客さんスナップっていうのをやってるんですよ。かっこいいなって思った子たちの写真を撮るんですけど各県の特色っていうのがやっぱりあるんですよね。これ、めちゃくちゃ面白いなと思ってて。
この県はアメカジが強いなとか感じながら(撮影し)、実際歩いてみるとアメカジの古着屋が多かったりとか。それこそぼく金沢によく行くんですけど、金沢はストーリートが強かったりするんですよ。各地域に特色があってその地域内に似たような古着屋が多かったりする。そして日本人って多いもののイメージにとらわれやすい。そこに対して古着ってもっといろんなものがあるんだよっていうのを伝えていきたいなっていうのは、ぼくのひとつの目標ではありますね。
田中)
十人十色のセレクトを見てると、また新しいジャンルっていうかね。今までどのジャンルにも属さなかったけど、フラットな目で見るといいんじゃないかっていうものを提案してるような気がする。とても自由だよね。
拓夢)
自由にやっていきたいというのはぼくの中であります。正直ある程度のルールはあると思うんですよ。サイズ感とか色合わせとか。いろいろあるとは思うんですけど縛りすぎるとそれはファッションじゃなくてコスプレなんじゃないかなと思ってて。これ言うと多分叩かれると思うんですけど、それはちょっと面白くないなっていうか、狭めてしまう気がするんですよ。だからぼくは色んなものをやっていきたいなと思ってます。ファッションを通して。
田中)
スナップもやりつつポップアップで全国いろんなとこ行ってるといろんなこと見えてくるね。
拓夢)
いろんな人の話聞いてるとやっぱり面白いんです。わざわざ来てくれる人ってぼくとちゃんと喋りたい人だろうし、いろんな服の話したいっていう子が多いので。いろんな人からファッションのあり方を聞いてると、あ、そういう考え方あるんだっていう気づきがある。そういう考え方を知れた時やっててよかったなってなりますね。
田中)
選んでる洋服についてもう少し掘り下げて訊きたいんだけど。自分の基準について。
拓夢)
う〜ん、基本的にはいろんな系統にはめやすいもの。そこは意識してるかもしれないです。例えばこのアイテム、ストリートにしか着れないよね、みたいなアイテムではなくて、いろんな系統に馴染みやすいものを選ぶようにしています。ミリタリーでも、ザ・軍モノっていうものではなくて、これドレスにもストリートにも寄せられるよねっていうもの。
田中)
なるほど。
拓夢)
十人十色はいろんな人が集まる古着屋にしたいんです。アメカジ好き、ドレス好き、ストリート好き、80s好き、70s好きとかいろんな人が集まって、お互いの好きなものを喋り合うような環境にしたいんですよ。それに馴染みやすい服。いろんなジャンルの良さっていうものを意識してます。
田中)
それはちょっとさっきの話に戻るかもしれないけど、高岡っていうところで育ったからそう考えるのかもしれないね。例えば東京だったら、それこそいろんなタイプのお店があっていろんなところから古着というものに入っていける。でも高岡にはそこまでのお店の数がないわけだから。でももし十人十色が今言ったようなお店になれれば、いろんな角度から入ってきていろんな古着に触れてもらって、深めていってもらえる。そういうことが可能になる。
拓夢)
それをやりたいなと思ってて。セブンティーズめっちゃ好きな人とストリートめっちゃ好きな人が来たとするじゃないですか。そのふたりがこれミックスしたら超面白いんじゃね?ってやってたら面白いなと思って。ぼくはスタッフとしてそのふたりが盛り上がって仲良くなっていくのを見ていたい。そういう環境面白いなと思ってて、そういう場にしたいなと思ってます。
田中)
拓夢さんの中で、人と人を繋げるツールとしてファッションがあるのかな。そういうコンセプトというか拓夢さんの中にあるものが 十人十色という名前に表れてる気がする。
拓夢)
そうですね。もちろんファッションは好きなんだけど、人はもっと好き。あくまでそこがベースです。
田中)
東京では接客がメインでバイヤーは経験してないわけでしょ?原宿のお店辞めて独立ってなった時、すんなりこなせた?
拓夢)
原宿の古着屋のオーナーが「俺は絶対いいもんしか仕入れねえからおまえらにいいものは見せてやる。でも週2回の休みのうち1回は自分で古着屋まわってものの良し悪しを見極める勉強してこい」みたいなこと言ってたんですよ。なのでぼく将来こういうもの仕入れたいなとかイメージしながら古着屋めちゃまわってました。妄想大好きなんで。笑。月5くらい。
なので意外とすんなりいけた。もちろん最初は変な服も入れちゃったりしましたけど。
田中)
昨日少し話したけど、拓夢さんはギターのプレイヤーでもあったんだよね?
拓夢)
軽音部ですけど。そんなに上手くはないですけど音楽はやってました。
田中)
でもぼく音楽のこと全然知らないんですよって言ってた。
拓夢)
あ、言いました。
田中)
ぼくの世代とかからすると、古着と音楽ってすごくリンクしてるものでそこがよかったりするんだけど、拓夢さんと話をしてるとファッションと紐付いてるものがまったく見えない。
拓夢)
多分リンクしてない理由はひとつ明確なものがぼくの中にあって。というのも小学生の頃から誰かに憧れるっていうことがなかったんですよね。なんかあるじゃないですか、ああなりたいみたいなの。中学、高校生の頃って。この人はこういう感じなんだろうな。じゃあ、俺はこういう感じでみたいな。でもそういう存在とリンク付けてしまうと自分の唯一無二性が出ないなっていうのがあって。それと同じでぼくの中でファッションはファッション、音楽は音楽のかっこよさみたいになってて。なんか全然違う分野で分けてたんです。
田中)
面白いね。
拓夢)
変ですけどね。変な人だと思うんすけど。
田中)
モデルもないんだね。
拓夢)
全然ないっすね。
田中)
だから特定の既存のスタイルへの傾倒がないんだね。
拓夢)
なんかジャンルジャンルめっちゃ言うじゃないですか、みんな。なんでそんなこだわってんだろうなって思う。わかんないんですよ。TikTokやってても拓夢さんのそこ面白いですねとか、そういうとこかっこいいと思います、みたいに言われるんですけど、わかんねえなって思いながらやってます。多分考えてないからなんですよね。それが当たり前で生きてたんで。
田中)
そこは諸刃の剣だね。
拓夢)
そうかもしれないです。ただ全部が全部分かってないわけじゃなくて、それを知った上でそういうのをやってるっていうのはありますね。理解はしてるつもりです。
田中)
最後は受け手側がどこまでその拓夢さんの背景とか感性を読み取ってくれるかっていうところだよね。もちろん共感してくれるお客さんはたくさんいると思う。多分若ければ若いほど、柔らかければ柔らかいほど伝わる人は多いと思う。だから作っていってほしいなって思う。
拓夢)
そうですね。まず富山県全体でそれを作っていかなきゃなっていうスタンスでいるんですよ。まずお店から作って全部が全部自分が作っていきたいと思ってる。やるからにはめちゃくちゃすごい古着屋にしたくて。でもあくまでベースは人っていうところは意識していたいと思います。
田中)
背負ってるね。笑。大丈夫?
拓夢)
背負ってます。笑。ただそれを全部なし遂げた先に見える景色めちゃくちゃ気持ちいいだろうなと思ってるんで。めちゃくちゃかっこいいじゃないですか、それ作れたら。うん、それを目指してますね。
田中)
富山の若い子たちが拓夢さんのお店で古着を知って、いつか富山を離れた時、その先で古着屋さん見てなんか全然富山と違うなってなるのかもね。
拓夢)
多分そうだと思います。十人十色ってなんだったんだろうなって。
田中)
昨日拓夢さんが設営するの見てて、ずいぶんつかみどころがない品揃えだなって思ったんだけど、そういう背景があるんだね。でも全部拓夢さんに似合いそうな服だなって思った。
拓夢)
ほんとですか。実はぼくが着ない感じの服も多いんだけど。でも自分らしさという統一感はあると思います。仕入れ先でも結構わかんないねみたいなこと言われるんです。これ仕入れるのにこれは違うんだみたいな。でも何回か行くうちになるほど、分かってきたよって言ってもらえる。
田中)
じゃあ、ぼくももう少ししたらだんだんわかってくるのかな。面白いね。なんだか人付き合いと似てるね。
拓夢)
そうかもしれないですね。全部そこに繋がっていくのかも。
若い子からお取り寄りまで。
いろんな人と絡んで、全員を巻き込みたい。
田中)
もう店舗物件も決まってるんですよね?いつ決まったんですか?
拓夢)
決まったのは4月です。全国ツアー始めたのが3月だったんですけどその時点では決まってないんですよ。
田中)
オープン予定が11月でしょ?それまでの7ヶ月間、その物件はどういう状態なの?
拓夢)
それはめちゃくちゃラッキーだったっていうか、待ってくれてるんですよ。元々その物件、(大家さんが)ちょっとおしゃれな雰囲気にしたいっていうのがあったみたいで。それで出会った時、こんなことやりたいんですとか、富山県をこういう感じに変えていきたいんですみたいなことをめっちゃ喋ったんです。そしたら「もう君に託すよ」みたいに言ってくれて。「もう空けとくから。オープンまで家賃も払わなくていい。君に託すからここを起点に高岡を変えてくれ」そう言われて。
田中)
いい人と出会えましたね。理解ある人。共感してくれたんだね。
拓夢)
偶然なんすけどね。もうめちゃくちゃ喋ったんですよ、ひたすら思いを。そしたら、なんか伝わったみたいで。
田中)
ほんとによかったね。で、その7ヶ月間でPOP UPしようと考えたんだね。
全国ツアーしようと思ったのはどういう理由だったんですか?
拓夢)
元々東京住んでた時から下北沢とかでPOP UPしたりはしてたんですよ。で、ある日、(今年の)1月終わり頃だったかな?TikTokライブやってたんですけど、次どっかでやりたいなと思ってるんだよねって言ったら、その時見てくれてた30人ぐらいが住んでる場所みんなめっちゃバラバラで。ぼく福岡なんで福岡来てください!とか、大阪の子が来てください!とか言ってくれるんですよ。ぼく滋賀なんで大阪までなら行けます!とか、名古屋の子が名古屋来てください!とか。で、わかった!全部行ってやるよ!って。笑。
田中)
勢いだね。笑
拓夢)
で、ごめん、ちょっとライブ中断するわって言ってその場で住んでる部屋の管理会社に速攻電話かけて最速でいつ退去できますか?って訊いたら今1月なんで最速3月いっぱいでいけますよって。じゃ3月いっぱいでお願いします!って。で、ライブ再開して今退去決めたから3月から始めるって報告したらめちゃくちゃバカっすね〜とか言われて。笑。みんなは軽いノリだったのにほんとに退去しちゃったからちょっと引いてるんですよ。笑
田中)
じゃTikTokのライブ中に決めたんだ。
拓夢)
ライブ中にやるって決めて5分後に退去の電話してその5分後に配信再開して報告みたいな流れでした。
で、ツアーってどうやればいいんだろうね。みたいなことみんなで喋ってて、やっぱり車じゃない?ってなって。で、短大卒業した後、普通に一般企業で働いて貯めたお金があったんですよ。ボーナスも1円も手をつけてなかったんで2月に実家帰った時一括で買いました。
田中)
実店舗持ったらPOP UP どうするの?
拓夢)
やめちゃうの寂しいんですよね。車もあるし。最低東京、大阪、名古屋で年1回くらいはやりたいです。旅行がてら。でもほんとやりたいこと多すぎて。実はスナップをやってるのも理由があって。年に1、2回は本出したいなと思ってるんです。あ、店舗に置くようなスナップまとめた本なんですけど。
田中)
それは楽しみだね。
拓夢)
めちゃくちゃ楽しみです。あと年に2回、春夏と秋冬で分けてコレクションみたいなこともやりたいなと思ってます。それはもう管理会社のほうにも許可取ってて。物件の周り、昔のじいちゃんばあちゃんたちの一軒家が並んでんですけどもうどこも住んでないんですよ。そこで年に2回コレクションしたいって言ったら、うん、いいよって言ってくれて。あとは警察の許可取るだけ。あと近所に御旅屋通りっていう通りがあるんですよ。なんかもう死んでるんですけど。そこも許可取ってコレクションやろうかなって考えてます。
田中)
いいね。若い子たちを巻き込んでね。若い子もいいけど、お年寄りも巻き込んだらどうかな。
拓夢)
ぼくもそこをやっていこうかなと思ってて。ぼくのばあちゃんが駅の近くに住んでクリーニング屋さんやってるんですけど長く住んでるんでその地域のドンみたいな感じなんです。もう知ってる人しかいないみたいな。だからお年寄りもたくさん巻き込めると思うんですよ。
田中)
お年寄りに古着をかっこよく着てもらってさ。
拓夢)
歩いてもらったらめちゃくちゃ面白いなと。
田中)
うん、すごく楽しそう。楽しいことしか待ってないね。
拓夢)
だって地域のお年寄りにコレクションで歩いてもらうとかめちゃくちゃニュースになると思うんですよ。
田中)
いいね。そっか、十人十色って赤ちゃんからお年寄りまで当てはまる言葉だもんね。
拓夢)
そうなんですよ。いろんな人と絡んで全員を巻き込みたい。
田中)
福岡の人に伝えたいことってありますか?
拓夢)
福岡の古着屋もちらほら行ってきたんですけど、やっぱりこんな意味わかんねえ古着屋はないなって思ったんでぜひ見に来てほしい。もしかしたら最初で最後になるかもしれないし。こんな変なオーナーがいて変な服があってって言うところ。古着屋を見に来るというより変な人に会いに行こうっていうテンションで来てくれたらなって思います。
田中)
そっか、十人十色はあくまで人だもんね。
拓夢)
そうなんですよ。あくまで人がベースなんで。
31/08/2022 terrain vagueにて
行動に移せば絶対何かしら変わるし、こういう出会いがある。
そういうこともポップアップとかで広めたいというか、見せていきたい。
no.003
SAM
C2C VINTAGE 代表
東京の大学で経済学を学んだ後、古着の卸し会社に就職。バイヤーとしてアメリカ各地を転々とする。食事の時間も惜しんでポップコーンを食べながら車を走らせる日もあったとか。5年間のバイヤー生活を送った後独立。コロナ禍の2020年8月、C2C VINTAGEを立ち上げた。
聞き手:田中章宏(たなかあきひろ)
terrain vague 主宰
1998年にフランス、イギリスを中心としたヨーロッパのビンテージショップ“monogrim(モノグリム)”をオープン、2018年にクローズ。古いものを通じてより開かれたコミュニケーションの場を作りたいと、terrain vague をオープン。
object : 中野和加子(なかのわかこ)
ぼくは卸しをやっている分、一般のお店よりいろんなジャンルの提案ができるんですよね。
田中)
東京から、なんでまた地方でポップアップをやろうと思ったんですか?
SAM)
あまり東京ではそういうことをやる気がなかったというか。東京はもう出来上がっているんで、ファッションっていう意味では。ファッションっていうところを、もっと地方というか日本に広めたいみたいなところがあって、それでまず福岡良いなって。フォロワーさんに訊いたら、ぜひ福岡でやってください。みたいな声がありまして。
田中)
SNS、TikTokとか?
SAM)
はい。それでまず地方一発目は福岡でやろうって感じですね。
田中)
じゃあ、今後はいろんなところでポップアップをやってみたいなって思ってるんですか?
SAM)
そうですね、いろんなところでやってみたいなっていうのはありますね。
田中)
SAMさんは店舗ではなく倉庫を持っていて、バイヤーというか卸屋さんをされているんですよね?
SAM)
そうですね。
田中)
卸屋さんって言ったらお店の人が買いに来て、いわゆる末端というか最終的にその洋服を着てくれる人と接する機会ってあまりないですよね?
SAM)
そうですね。
田中)
そう言ったことも動機のひとつなんですか?自分が選んできた洋服を直接手渡したいみたいな。
SAM)
そうですね。まあ卸しもいろんな人が来て、いろんな洋服の話はできるんですけど、それこそみんなプロなんで、会話も出来上がってるっていうか。なんていうんだろう、提案っていう形にはなかなかならない、やっぱり。
田中)
提案というのは、「こういう風に着たら良いんじゃない?」とかそういう?
SAM)
はい、もうお店ごとにスタイルが決まっていますし、やっぱ、東京の古着屋さんだと、ファッションという意味では先ほども言ったんですけど、本当出来上がってる。
なのでそういう提案というところも自分でやってみたいと思いました。ぼくは卸しをやっている分、一般のお店よりいろんなジャンルの提案ができるんですよね、多分。
田中)
確かに。
SAM)
今回持ってきたものもベーシックなやつだったり、派手なやつだったり、ストリートとか、モードとかジャンル関係なく持ってきてるんでそういう幅広い提案みたいなのは一番自分ができると思ったんで、それを自分の手でやろう、みたいな。
田中)
でも卸屋さんがポップアップするってあまり聞いたことないっていうか。
SAM)
あまり聞かないっすね。卸しはぼくがずっとやってきたことなんでできるんですけど、こういう小売みたいなのはやったことがないんでまあ、挑戦です。元々こっちの方に興味があって。卸しメインっていうよりは、ぼくの頭の中ではこっちメイン。でもかたちとしては珍しいかもしれないですね。卸しをやっている人がこういうふうにやるっていうのは。
田中)
自分のお店を持とうって思ったことはなかったんですか?
SAM)
元々、大学生の頃は古着屋さんをやりたいと思ってたんですよね。そして卸しの会社に入ってその後店をやろうかな、なんて思ってたんですけど、卸しをやっていく中で「果たして本当に店舗を持ちたいのか?」っていう疑問が出てきたんですよね。お店出した方が良い部分もあると思うんですけど、そこにずっと居なきゃいけないじゃないですか、お店って。人が来なかろうが。それがちょっとなんかやだなって、単純に。
田中)
まさにそうですよ。
SAM)
そういうところで時間取られちゃったらできなくなっちゃうんで、TikTokとかインスタとか。そういう発信。それを見てファッションの参考にしてくれる人とかも結構いるんで、その時間は持っておきたいっていうのとあと、こういうこと(ポップアップ)ができなくなっちゃうんで、お店を持つと。できるだけ自分でこういう風にやりたいなって思った時にすぐ動けるようにフットワークを軽くしておいたほうがいい、と思ってるんで。でももし信頼できるヤツがいたら、お店を持って任せたいっていうのはあります。
田中)
それでも自分はお店に立たないんだ?自分のお店を持ったとしても。
SAM)
そうですね、ぼくが立ったら普通に売れると思うんです。単純に発信力とかがあるんで。でもそれって結局ぼくに依存してるだけのような気がする。
田中)
売ってる人の魅力で売るってひとつの究極のカタチだとは思うけど。
SAM)
そうなんですよね、けどなんて言えばいいんですかね。まあ、ひねくれてるんです。笑
田中)
SNSでの発信はどんどんしていきたいのに、お店に関して言えば匿名性も必要っていうこと?
SAM)
そうですね。
田中)
自分の気配を消して、ものの持つ力だけで売りたい?
SAM)
ぼく自身はものの力より人の力の方が強いと思っているんで。だから好きな人がいるところに買いに行ったりするんですけど。でもお店出すのはぼくじゃなくってもいいのかな?ていう。もし店をやるんだったらぼくじゃなくて実際店に立つ人の魅力でやりたい。というか、そのほうがその人の経験になるじゃないですか。もし、やってくれる人がいたらそっちの方がぼく的には良いかなっていうふうに思うんですよね。ぼくがいなくてもまわるようなお店にしたいです。前の会社とか、結構なんでも教えてくれなかったんですよ。ざっくりこういうふうにやってって言われて、あとはもう丸投げされるっていう。アメリカに行っててもそういう感じだったんで。でもそういう時こそ一番成長できるっていう。
田中)
自分がそうだったから、その体験を一緒にやる人にも味わってもらいたいということなんですね。
SAM)
もし、やるときは、ですよ。
田中)
でも古着の仕事やってて、卸屋さんしか経験したことない人って少数派ですよね。
SAM)
少数派だと思います。
田中)
古着が好きでそういう仕事をしたいって思ったら、普通は古着屋さんで働いたりとか。
SAM)
大学生の時は、友達と2人で古着屋さんやりたいって言ってて、その友達は今古着屋で働いているんです。
古着って、買い付けとかで海外に行くじゃないですか?国内の卸屋とかも知らなかったし。だから最初、英語しゃべれないとやばいなと思ってたのがあったんですよね。就活の時に、1社だけ割と自由にできる家具屋さんみたいなのがあって、そこ落ちたら留学でもしよっかなみたいな感じだったんですよね。で、見事に落ちて。じゃあ留学しようと、お金を貯めに実家に帰ったんですよ、地元の茨城に。そしたら全然仕事なくて。何個か仕事かき集めて掛け持ちしながら1年くらいいました。でもバスケが好きで、若い人から年上の人までいろんな人が集まるところでやってたんですけど、やっぱこうあんまり覇気がない環境だったんです。ボーナスでもらった100万、全部パチンコに使っちまった〜みたいな。そういうのを聞いて、あ、ここいたら絶対腐るなって。笑
東京に住んでいた友達に連絡したら、じゃあ一緒に住もうぜ、みたいに言ってくれて、じゃあそっち行くわって。そこからまた東京に戻ったんです。今でもアメリカに行ったらたまに会ったりする当時憧れてた古着屋の人がいるんですけど、その人にバイトとか紹介してもらって。お金貯めようとしてそうこうしている時に、憧れていた別の人が古着の卸し、バイヤーの仕事を今募集しているよって感じでふってくれて、そこに入ったんです。
田中)
憧れてた人が2人いたんですね。笑
じゃあSAMさんは最初からバイヤーなんだ。
SAM)
そうですね、当時まだ古着屋さんやりたいっていう感じでしたけど。
田中)
英語喋れないといけないという問題は未解決のままバイヤーになった?
SAM)
そうですね。その時に受けたら、別に英語要らないよみたいに言われて。「あ、いらねえんだ」って。
田中)
英語喋れないなとか思って諦めちゃう人っていっぱいいるもんね。
SAM)
いっぱいいますね。いっぱいいるし、もし入ったとしても仕事内容がキツくてすぐ辞めるんで。
日本では拘束時間がめちゃめちゃ長い。朝8時から夜10時過ぎとか12時過ぎとかあった。それでみんな嫌になって、だいたい3ヶ月で辞めるんです。でもアメリカに買い付けに行く時はもっとキツくって。
田中)
どういうスケジュールで動くんですか?
SAM)
アメリカは基本的に仕事は朝8時からって感じで、大したものも食べないで、昼ごはんとかなるべくこう、時間を作りたいんで、ポップコーンかになるんですけど。笑
食べてる時間がもったいないって思って。ひたすらお店まわったり、古着屋行ったり、アンティークモール行ったりを1日ぎゅうぎゅうに詰めて夜10時くらいに戻って、みたいな。を、毎日。夜中に10時間とか車で走って移動したり。
田中)
寝る時間ないね。
SAM)
あー、そうですね。寝る時間ないですね。取れる時は取れるんですけど。車中泊だったり。
田中)
最初は経験のある人とまわっていろいろ教えてもらったりして?
SAM)
そうですね、最初は。はい。だいたい1年間くらいそんな感じでした。
田中)
その後は1人で行ってこい!みたいな感じだったの?
SAM)
そうですね。メンズとレディースがあったんで、だいたい男女2人で3週間くらいって感じでした。
田中)
大変だね、3週間。
SAM)
そうですね。
Object)
そこにやりがいを感じていたから続けられたんですか?
SAM)
その会社でやってる時は途中で慣れちゃったんでそこまでやりがいは感じなかったんです。作業みたいになって。けど、今はやりがいを感じますね。自分で色々こう考えてやれるんで。
田中)
会社では何年くらい?
SAM)
5年くらい。
田中)
長いね。バイヤー5年、みっちりやった後独立して、卸屋さんになったんですね。
SAM)
卸しをメインにしたくないなっていうのがあるんですけど、今のところはそっちがメインになっていますね。
田中)
卸しをしつつ、こうやってポップアップをして、東京以外の場所でいろんなものを届けたいなっていう感じなんですね。
SAM)
はい。
田中)
なんでファッションなんですか?
SAM)
なんでファッションか?っていったらまあ単純に、今ぼくがファッションしかないということと、結構ファッションで人生が変わった面があるんで。
田中)
SAMさん自身が?
SAM)
そうですね。なんかそういうところを届けたい。近い話でいったら、ぼくがTikTokやっててフォロワーがこんだけ(現在3万8千人)になったのもファッションで人生変わったひとつだし。あとそれこそアメリカに行って感じたんですけど、みんな型にはまってないんですよね、ファッションの。衣食住っていうほど衣って重要なものなのに、日本って今すごい固まっちゃってるっていうか、あんま自由に服を着てないと思うんです。そういうところに楽しさとかを見出したらもっと楽しくなると思うんですね、人生。多分日本人が一番苦手としているところだと思うんですよ。人と違うことって。嫌がられるっていうか、人の目を気にしちゃう。ファッションこそ一番表現できるはずなのに。そういうところを変えたいからファッションなのかもしれないですね。
田中)
SAMさん自身はどうでした?いつぐらいからファッションに興味持って、どう変わりましたか?
SAM)
興味を持ち出したのは高校生の時くらいですね。で、ファッションで変わったこと、何だろ、変わったこと、変わったこと。。。何なんすかね。笑
ファッションを通じて単純に人と出会うのが増えました。それまでそんなファッションとか気にしなかったから多分全然知り合いとかもできなかったんで。
パッと見で一番わかりやすじゃないですか、やっぱ。類は友を呼ぶ、じゃないですけど。人に出会うとまたそこからまた全然違うジャンルの人とも知り合いになれたり。すごい交流が広がりましたね。そこで結構いろんなことが出来たり。そこがすごく変わったところかも。
田中)
ホームページにファッションを通じて新しい自分に出会う。みたいなことを書いてあるじゃないですか。
SAM)
そうっすね。
田中)
表現というか自分の知らないものにタッチするための大切な手段なのかな、と思って、SAMさんにとって。
SAM)
そうですね。一番わかりやすいっていうか。本来型にはまんなくて良いと思うんです。ファッションって自己満足っていうけど本当にぼくもそう思っていて、だって法律が無かったら、別に服なんか着なくていいじゃないですか。そのまま外出たら捕まっちゃうから着てる。本来その程度の縛りしかないはずなのに、めちゃめちゃ縛られてる。人の目とかに。あんま派手な服は着ないとか、誰々が着てるからとか真似する。とか、それはそれでいいんですけど、もっと自分の着たいように着ればいいのかなってありますね。
田中)
ドレスコードってあるじゃないですか。何人かの人が集まったらみんなが気持ちよく過ごすための暗黙の了解じゃないけど、メッセージの役割も洋服にはあると思う。
SAM)
そうですね。
田中)
そういうのを踏まえても、保守的なところは日本にはある。パリとかロンドンとかそういったところに行くと、みんな好き勝手やってるっていうか、へそも出して体型もお構いなしだもんね。
SAM)
自分が好きなものを好きなように着てるだけだと思うんで。
田中)
それはファッションだけで変わっていくかな?何か根っこでそういった部分があるからみんな洋服好きなように着られないのでは?
SAM)
そういう意味でファッションだけじゃなく、考え方を変えないとそれは出来ないとは思います。なので発信では自分の考え方とか混ぜながら喋りますね。服のことだけじゃなく。根底を変えていきたいですね。
それこそぼくは古着屋さん行って、人生が変わった部分が割とあるんですよ。ちゃんとこうしろよ、みたいに怒られたこともあるし。古着屋さんって結構コミュニケーションとるじゃないですか。服のことだけじゃなくて話して伝えたいみたいなところはあるんですよね。自分自身、それですごい変わったんで。
田中)
卸屋さんじゃ収まらないね。
SAM)
そうなんですよね。だからこんな感じでやってますね。あと、あまりにも行動しない人が多いと思うんです。なんかやりたいって言いながらもやらない人。ビビってるっていうか。マイナスのところしか考えないっていうか。
ぼくは基本的にマイナスのところってあんまり考えない。行ったこともない福岡でいきなり(ポップアップを)するなんて、普通はないと思うんですけど、決めちゃったら後はもうやるしかないんで。そういうふうなのも伝えたいなと思います。行動に移せば絶対何かしら変わりますし、こういう出会いがあったりするじゃないですか。そういうこともこういうポップアップとかで広めたいというか、見せていきたい。
田中)
いいですね。
SAM)
ありがとうございます。
Object)
行動を見せてくれる人がいるっていうのは素晴らしいです。背中を押してもらいたい人っています。
SAM)
はい、いるんですよ。ぼくがそうだったんで、元々。
コロナが流行って、10日間くらい会社が休みになったんですよ。めちゃめちゃ暇になるじゃないですか。で、その時に自分の嫌いなことをやってみたんです。とりあえず断食して本読んで、パソコン買ってちょこちょこやったり、あとランニングとか、全部嫌いなこと。あと料理とか。パッと思いついて、「嫌いなことやってみようかなー」って感じでやってたら、だいたいやれたんです。本当は嫌いなことなんてやりたくないんですけど。で、周りは何してたかって訊いてみると、だいたいネットフリックスか、youtubeしか見てない。時間が足りないとか言いつつ好きなことすらやってない。
その時、嫌いなことに時間使えたってことは、何でもできるなって思ったんです。
周りは何にもやらない。だったら自分さえやれば何かができるなってそこで勝手に確信したっていうキッカケがあって。行動さえすればいけるな、って。そうすれば自分自身も納得するし、ここで全然売れなかったとしても、それはすごい経験になるじゃないですか。で、また何かやるときに修正していけば良いと思うので。そういうところで行動力ができましたね。コロナになって。
田中)
SAMさんが独立したのってコロナになってからでしょう?よくこのタイミングで独立しましたね?
SAM)
そうですね、会社で働きたくないって思ったんですね。もうやるしかなかったんですよ。追い込まれたっていうか。で、まずはアメリカ飛んで。その時、逆にタイミングがある意味よかったのは、あんまりみんなアメリカ行ってなかったんですよ。なのでそこで行って買ってくれば、普通に買ってくれるだろうなっていうのはあったんで。タイミング的にはよかったんですかね。
田中)
実際コロナになって、行こうと思っても行けない時期ってあったじゃないですか?
SAM)
意外となかった。ないんですよ。
田中)
ないの?入国できないみたいな時期。
SAM)
アメリカもニュースとかでは「あっち行ったら隔離」みたいなのはあったんですけど、色々調べて聞きまくってたら、実際隔離されるのも限られたエリアで、ニューヨークとボストンくらいしかなかったんですよ。
田中)
調べたらちゃんと道はあったんだ?
SAM)
そうですね、行ったら行ったで全然普通なんですよ。11月からはもうワクチン接種して、ワクチンパスポートみたいなのがないと、入国できないんですけど。その前とかは全然、いつも通り。検査も何もなく入れたんで。それくらいみんな調べないんです。
田中)
なるほど。「らしいよ」「らしいよ」みたいな話はいっぱい聞くけどね。
SAM)
はい。「らしいよ」はあんまり信用しないです 笑。
田中)
自分でちゃんと確かめないと。
SAM)
はい。
田中)
良いね、素晴らしいね。
SAM)
素晴らしいですか?
田中)
らしいよらしいよ、しか信じない人だっていっぱいいるしね。
そこで調べようなんて人いないし。
SAM)
そうですね、確かに。
田中)
自分で体験したことだけが本当だってぼくも思ってるんで、SAMさんの行動力っていうか、考え方、すごく共感できる。
SAM)
はい。そんな感じでやってれば、楽しいと思うんですよね。普通に。みんなそういうふうになって欲しいんですけど。
田中)
今回、持ってきてくれたものっていうのは、パッと見てもノンジャンルっていうか、いろんなものがあって、年代もさまざまだし、作られた国もさまざまだし、でもなんか統一感はありますよね。買い付けの時に物を選ぶときに気をつけていることとか、ここは絶対曲げないみたいな点は何かありますか?
SAM)
卸し用と個人(ポップアップ)用は分けてるんですけど、これはある意味矛盾してるんですけどとりあえずまず自分が売れると分かってても「かっこいいか?これ」みたいに思うやつはあんま買わないですね。明らかに新しすぎるものとか。
田中)
卸屋さんとして売るものと、こうしてポップアップで売るものって、最終的に売る相手が全然違うでしょ?ポップアップの場合は直接お客さん、来てくれる人に販売するのであって、でも卸屋さんの時にはお店さんに売るわけだからSAMさんの伝えたいこととか、メッセージ的なものというのはそこで一回間が入っちゃうじゃないですか。
もしぼくが卸屋さんなら、それだったら売れるものっていうか、お店さんが買ってくれるものに徹しようって思っちゃう気がするんだけど。
SAM)
卸しは、めちゃめちゃ徹してます。
田中)
今ここに並んでいるものはポップアップをしようと思ってそれ用に買ってきたものがほとんどなんですか?
SAM)
そうですね、あとは卸しで売れなかったやつで、これいいな、っていうものを混ぜています。
田中)
基本、SAMさんがかっこいいと思うものを?
SAM)
そうですね。かっこいいと思わないと、提案できないじゃないですか?最低でも自分がかっこいいと思わないと。
田中)
責任持てないもんね。
SAM)
はい。
田中)
実はダッサーって思いながら、かっこいいよって売るのもキツいもんね。笑
SAM)
はい、実際アパレルで働いたことあって。バイトなんですけど。レディース店で。
半年だけバイトしたんですけど、その時にストックルームとかで女性の先輩が「こんなの誰が着るんだよ」とか言いつつ、店頭に行ったら「お似合いですね」って。それ嫌だな、俺、好きじゃないと売れないわ。って思って。接客してる時も熱が入らない。
田中)
正直者。
SAM)
普通そこで売らないといけないんですけど押せない。変な気持ちになるんですよね。商売は向いてないと思っていますね。
田中)
服売りたいのと同時に、本当に伝えたいものは服だけじゃないんですよね、きっと。ポップアップはどんな人に来てもらいたいですか?
SAM)
誰でも良いです。正直。
服好きでも好きじゃなくても。あなたはダメですなんていうのは何にもないんで、全然来てくれるのは誰でも良いです。そこで、話すだけでも全然いいし、とりあえず来てくれたら、誰でも。
田中)
ウェルカム?
SAM)
ウェルカムです。
16/11/2021 terrain vagueにて
知らないものを知る。するとわーっていう感動があって。
それが終わらない。
no.002
青﨑彩子(あおさきさいこ)
zugana 店主
バスク地方を中心とするヨーロッパのアンティーク、ビンテージ古着を扱うアンティークショップ “zugana (スガナ)” を2017年福岡市香椎にオープン。zugana はバスク語で「あなたのもとへ」。
ものの背景にある人の気持ちを伝えることを大切に店頭に立つ。
聞き手:田中章宏(たなかあきひろ)
terrain vague 主宰
1998年にフランス、イギリスを中心としたヨーロッパのビンテージショップ“monogrim(モノグリム)”をオープン、2018年にクローズ。この度、古いものを通してより開かれたコミュニケーションの場を作りたいと、terrain vague をオープン。
object : 中野和加子(なかのわかこ)
—— いつか自分もお店もちたいなって考えてた?
—— 全然。
田中)
さいこさんは福岡の人じゃないですよね。
さいこ)
はい、長野です。出身は松本。今は実家が引っ越して、安曇野市。
田中)
松本で生まれ育って?
さいこ)
生まれて、二十歳くらいまで住んでました。
田中)
松本って古い街のイメージがあるけれど、どんなところですか。
さいこ)
城下町なのでそういう古いものを残そうという意識はありますね。あと手仕事の精神が結構あるのでそれが私生活とかにも。私の場合だとおばあちゃんから始まって、何でもかんでも買うっていうのはあまりない。
田中)
自分たちで作れるものは作ってしまおうと。
さいこ)
うちなんかだとお菓子とかも買うっていうより手作りのもの。お母さんが多分頑張ってたんだと思いますけど。手作りのものを食べていました。おばあちゃんがそうだったから、お母さんもそうなったのかなっていう。
田中)
例えば街の中を歩いていたりすると職人さんがものを作っている工房があったり、ものづくりが街の風景に溶け込んでいるようなところですか?
さいこ)
松本市は長野県の中でも割と大きな街で、そういうアトリエみたいなのは街の外れにあったかな。
田中)
その後は東京に?
さいこ)
はい。
田中)
東京から松本に帰った時は住んでいた時と感じ方が違いました?
さいこ)
私はもう人生の半分は別のところに住んでいるので、別のところに住むようになってから地元に帰るっていうのはまたちょっと過ごし方違いますね。でも最初の頃は長野に帰った後バスで新宿駅に着くといつもその時間の流れを感じてしまって。上京したての時とかバス乗ってお母さんが見送るじゃないですか。よく泣いてました。
田中)
東京に出てからは?
さいこ)
元々美容師で。(長野で)美容の専門学校出てて。でも東京で割とすぐ古着関係の仕事について、それからもうずっと古着屋さんだった。
田中)
結局美容師さんにならなかったんだ。
さいこ)
ならなかったですね。
田中)
どうして古着の仕事についたの?
さいこ)
長野にいた時すごく好きだった古着屋があって、自分の中に影響された部分があって。
田中)
そこは今でも松本市に?
さいこ)
今もあります。そこが自分の好きなスタイルみたいなものを見つけられたっていう意味で結構自分の中に影響があって。また東京でそういう古着屋さんとか見て古いものをどんどん好きになって。雑貨とかに興味を持ち出したのは本当、ここ数年なんです。それまではずっと服ばっかりだったんで。
田中)
ちなみにその松本で影響を受けたというお店は何歳くらいから通ってたんですか。
さいこ)
そのお店ができた時だったんで高校生。中学3年生の時から古着を着て。お兄ちゃんの影響もあるんですけど。
田中)
15、6歳とかで古着屋さん行き始めて、東京出た時はすでに古着は生活や人生の一部だった?
さいこ)
今でもそうですけど、知らないものを知る。するとわーっていう感動があってそれが終わらない感じ。新しいところを見つけては行って、また新しいものを知って世界が広がってっていう。
田中)
美容師さんになるのをやめたっていうよりは、古着の楽しさが自分の中でどんどん広がって、そっちに自然と行っちゃった?
さいこ)
そうですね。高校を出たらとにかく地元から出たくて。お母さんも海外でもなんでも自分の行きたいところに行きなさいっていうタイプで。そこは有難いことなんですけど。高校の時とかたくさんバイトして、全部じゃないけどできる範囲はお金貯めてっていう感じでした。でも最初めちゃめちゃホームシックになったんです。
田中)
東京行って?
さいこ)
もう(長野)帰るっ!みたいな。でもお母さんはそこで厳しくというか、2ヶ月くらい敢えて連絡をしてこなくて。後に敢えて放っておいたって言われて。長野の人って一回東京に出るけど戻っちゃう人が多くて。
田中)
それはどうしてだろう?
さいこ)
憧れで東京出てもやっぱり長野がいいと思うんだと思う。私も何回か地元に帰ろっかなと思ったけどそういう時期を超えたらやっぱり色々吸収できるし東京にいたいってなって。でも今まさかの福岡。笑
田中)
福岡にきた経緯を聞かせてください。
さいこ)
働いていた古着屋のオーナーの友達だった主人と知り合って。主人が福岡出身。
田中)
さいこさん東京いる間ずっと古着屋さん?
さいこ)
そうですね。ずっと古着の仕事。サブでもう一個バイトしながらという時期もありますけど。東京出たのがは21くらいで30歳でこっちきたんで、全部で9年半くらい東京。
田中)
20代全部だ。一番多感な時期というか。ある意味(古着は)エリート。ベテランだね。古着屋さんで働いてた時、いつか自分もお店もちたいなって考えてた?
さいこ)
全然。
田中)
え、思ってなかったの?
値切ったことで失敗。私なにやってるんだっていう後悔。
さいこ)
Million Dollars Department ( ミリオン ダラーズ デパートメント : 2015年、福岡市古門戸町にオープンしたアンティークショップ。現在は東京で活動中)ができた時、とし君(穂苅俊紀: MDDオーナー)にスタッフとして雇ってくださいって言ったんですよ。そしたら「教えることはないから、(他人から)学ぶよりも自分でやったほうがいい」って言われて。そこから本当に自分で考えて、じわじわ。自分でやるか。みたいになったんです。
田中)
じゃ、穂苅君の一言は大きい。
さいこ)
はい。
田中)
30歳で福岡に来て、お店を始めたのは何年後?
さいこ)
お店というより蚤の市なんかに出店し始めたのが5年後くらい。元々店舗を持つっていう頭はなくって、(蚤の市などに)出店して、動いて行こうって思っていました。
田中)
福岡で出店する時はVOILA!(ヴォアラ!: 2020年2月、福岡から首都圏に活動拠点を移したアンティークショップ)の岡澤君と一緒に?あれは岡澤君の声かけで?
さいこ)
そうですね。スペースもし良かったら一緒にって。
田中)
岡澤君からは影響を受けたのでは?
さいこ)
そうですね。岡澤さんの接客って私から見てもいい加減にやってない感じがしたんですよね。それがなんかすごくよくて。そんなに気を使わなくてもいいのに、私に対してもすごく配慮してくれて。本当に頭が下がるっていうか。使ったテーブルくらい片付けますって言うんだけど、「いや、さいこさんもう帰って良いですよ」っていつも言ってくれて。
田中)
岡澤くんのあの気配り。全然しそうにないのにするからね。そのギャップがね。笑
さいこ)
そう、岡澤さん。なんだろうあの気配り。色々教えてくれるんです。買い付けに行く時も「さいこさんこれ知ってる?」みたいな。「梱包材買うならここがいいよ」とか。
田中)
岡澤君は自分の知っていること、本当に全部勿体ぶらずに教えてくれる。その気持ちがあるから慕われる。人と人を繋ぐ役割をすごく果たしてくれた。さいこさんもそうだけど、岡澤君も他所からポンと来て、すごく良い意味でよそ者だったから、いろんなことからちょっと離れたところにいて、風通しをよくしてくれた。すごく大きい役割をしてくれてたよね。
さいこ)
岡澤さんに出会ってなかったら、もしかしたら気持ちが違う方向に向いていたかもしれないし。本当に情報というか、手助け。本当にありがとうございます。っていう感じで。いつもそうしてくれるから、(買い付けから)帰って来たら報告もしたくなるし。。。(移転)寂しいですね。
田中)
同業の人だけでなく、お客さんに対してもあんな感じだったからね。お客さんがこんなの欲しいって言ったら代わりに輸入の手伝いしてあげたりとか。万事あの調子。
さいこ)
そしてたまに下ネタを挟むっていう。
田中)
あれは多分、気配りを気付かれないための照れ隠し。
さいこ)
人柄だなーって思うんですよね。終始気配り。クシャっと笑う感じが美形でイケメンで。どこの国の人かよくわからないけど。笑
田中)
現地に行ってものを選ぶ時はどういう感じで?
さいこ)
目にした時に心が動くかどうかですね。買い付けたいもののリストは作らない。作ったところで絶対に買い付けられるわけでもないし。例えばバスクリネンみたいにいつもお店に置いておきたいなっていうものもあるんですけど、基本的には向こうに行って、見て、吟味する。直感であって思うものは迷わないですけど、吟味はします。
田中)
吟味する時の基準は?買おうか買うまいか考える時ってどんなことを考える?
さいこ)
商品の状態だったり価格だったり。でも自分と同業の人から仕入れるから、値切るっていうことは極力したくなくて。もちろん予算との折り合いもありますけど。あとお客さんのニーズとか。でも人が求めるものばかりに意識がいくと自分が楽しくなくなる気がする。
田中)
人が欲しいって言うものより、自分が欲しいって思うものを並べて発信したい?
さいこ)
こういうものあるよって並べたものを、お客さんも私と同じ思いで見つけてくれたらいいなって思います。
田中)
ほとんど値切らないの?
さいこ)
値切ったことで失敗しているので、1回。私なにやってるんだっていう後悔。バスクだったんですけど、変にものの見方が慎重になってしまって相手ディーラーに嫌な思いをさせてしまって。希望の額と少し開きがあったので、少し廻ってきて時間をおいてもう一回値切ったんですよね。そうしたら、すごく凄い嫌な顔されてしまって。私はなんて失礼なことをしたんだろうって。あの時のディーラーの顔が忘れられなくって。そのものが良くて買おうと思ったのに、値段値段みたいになっちゃったのが、なんかすごく大大大反省。
田中)
価格交渉で失敗した経験ってバイヤーだったらほとんどの人があると思う。
さいこ)
あの時の顔は一生忘れられない。日本人だったらそこまで顔に出さないかもしれないけれど、明らかに。みたいな感じだったんですよ。(そういう状況で)自分の気持ちもうまく伝えられないから、本当にへこんだ。
田中)
値切りに燃えるタイプの人っている。でもそこはお互い人だから。最初からお互いにプロ同士だっていう意識でベストプライスを言ってくれるタイプの人もいるじゃない?それを察することができずにさらに値切るとそれはさっきみたいな話になっちゃう。こっちも見抜かないといけない。でも、みんな経験することだと思う。
さいこ)
それまで意気投合して盛り上がって、最後相手の好意でじゃあ幾らって、そういう気持ちいいやりとりだったんですけど、最終的に自分がそれを壊したっていうか、本当に嫌な思いをさせたんで。今は2度とっていう気持ち。
田中)
自分はこれいくらかなとかあまり予想しない。自分が幾らで売りたいかを考えて、それなら幾らまでなら買うって自分の中で決めてから値段を訊く。例えば20ユーロまでなら買うって決めて、それを25って言われたら、20なら買いたいとは言うけれど、それを最初から20とか15って言ってくれた時はそれ以上値切らない。
さいこ)
向こうの言い方もありますよね。
田中)
でも15って言われて、安いと思っているのにそれをさらに12って値切る人はいっぱいいると思う。もちろん考え方はそれぞれだけど。少しでも安く買って少しでも安く店頭に並べれば、お客さんが喜ぶかもっていう考えの人もいるだろうし。でも値段交渉ががゲームになっちゃってる人はいっぱいいる。見ててもね。
さいこ)
やっぱり向こうのディーラーも考えての価格だろうし。逆の立場だったらって思うと、ちょっとやりとりしたくないですね。そのものにも宿るっていうか。気持ちが。
田中)
やっぱり気持ちよく買ってる人に良いものが集まってくる気がする。一回限りじゃないし、買い付けって。何度も行って人間関係を作っていくものだから。
さいこ)
向こうのぶっ飛んでるディーラーとか面白いですよね。バスクにも一人いるんですよ。私が行く蚤の市、だいたいいるんですよ。向こうもそのうち私の顔を覚えて「おっ」て。
田中)
現地のディーラーで本当にイカれてる人、思い出せるだけですぐに3人4人は浮かぶ。
さいこ)
イカれてるってどんな?
田中)
いきなり自分の商品叩き割り始めたりさ。さっきの話じゃないけど、10ユーロのものを5に値切られたりするとすぐに怒って、それをすぐその場で叩き割るの。割れたグラス指差して、5で良いから持っていけって。
中野)
逆に誇り高いのかも。笑
さいこ)
向こうのディーラー、どういうきっかけでこの仕事やってるんだろうって訊いてみたいです。日本人のディーラーって、見た目とかもアンティーク好きですみたいな格好が多いけど、向こうとか全然むしろ少ないじゃないですか。
田中)
そうそう。でもこれからお店持つ人には1人でいいから信頼できるディーラーをまず見つけて欲しい。その人にいろいろ教えてもらったり、その人が影響受けたディーラーを紹介してもらったり。自分にもそういう人がいて、その人は子どもの頃からお父さんについて毎週末蚤の市に出かけてたっていうエリートで。郊外のいろんな蚤の市や倉庫みたいな所をたくさん知ってて、なんでもかんでも教えてくれた。よく見てるとそういう人って単にもの好きじゃなくて、人好きなんだよね。人とものが常にセットになっていて、ものを買いながら売ってる人の一部を買っているような、すごく血の通ったもののやりとりをしている。そういうのを見てると、すごい良いなって思える。
さいこ)
親切っていうか人情ですよね。こっちの期待以上のことをしてくれるっていうか。相手のことを考えるっていうか。岡澤さんタイプ。そういう人がいなかったら私相当困ることあったけど、なんか現れるっていうか、運がいいというか。あと困ってたら向こうから来てくれる。言葉じゃない。困ってるのは見ててわかるから。そういう人間味がある人が多い。あと日本がダメとかそういう話じゃないんですけど、こっちでは日頃ないようなことが、向こうでは当たり前。例えばバスに乗ってて、降りる人全員が運転手に挨拶するとか。そういうの大事だなって。いいなっていつも思う。
田中)
駅とかデパートでも、扉を開けたら次の人が来るまで扉持ったまま待っていてくれるとかね。で、それに対してありがとうって言って。で、またその人も次の人がくるまで扉持ったまま待って。すごく賢い社会だと思う。人が人に対してありがとうって言える習慣をたくさん発明してる国って本当に豊か。
さいこ)
1日でメルシーって何十回言ってるんだろうって思う。
主人はそんなにバスクに思い入れがある人が香椎にいていいわけ?って。笑
田中)
催事への出店を続けた後、実店舗を持ちましたよね。なにか違いを感じることってありますか(zugana は2017年、福岡市香椎に実店舗をオープン)?
さいこ)
空間として、ディスプレイで世界観を見せられる場が常にあるのは、zugana をやっていく上で大事だと気付きましたね。催事に出店している時も店舗はあるんですか?って訊かれることが多くて。出店スペースの中でもそれなりに世界観を見せることはできたんですけど、やっぱりお店となると全然違う。お客さんともじっくり話せるし、そういう空間があるっていいなって。ディスプレイもすごく好きだし。
田中)
今回も作り込んでくれましたよね。自分の実店舗より、こっちの方が広いでしょ?
さいこ)
そうですね。
田中)
でも全然薄まっていない。ディスプレイする時に考えていることってありますか?
さいこ)
自分の中で意味付けはしています。例えばここに黒があるからここにも黒を置いて。みたいな関連性。
田中)
それは単にビジュアル的なもの?もの自体が持つ意味性も関連しているとか?
さいこ)
そうです。バスクのものだったら、これがあるからこれをおくとか。同じ場所にあるからいいというわけでもないんですけど、やっぱり物語というか意味を持たせてわかりやすく。変に作り込んじゃうとお客さんが逆に見てくれなかったりとか、見にくくなって単に自己満足で終わっちゃうからそうはならないようにしたい。
田中)
さいこさんは古着屋さんとしてのキャリアが長いし、zugana のラインナップの中でも古着ってとても大切な気がする。実際、古着に対する思い入れって大きいのかな?東京の古着屋さんで働いていた時ってどういうタイプのお店だったの?
さいこ)
初めて働いた時は80sブームだったんですよ。原宿だったんですけど。私も今じゃ考えられないけどオールインワンとかフリンジとか着てて。50年代から80年年代くらいのもの。でもだんだん自分の似合うもの、好きなものがわかってきてからは着るものも変わった。出会うお店とかにも多少影響されて。今後はそんなに変わらない気がするけれど。
田中)
さいこさんのセレクトは独特だなって思う。地味なものを並べても決して沈んでいない。どこかにポップさがあるというか。
さいこ)
洋服を選ぶ時、気分が上がるかどうかって一番大切ですね。
田中)
着た時にうれしくなるかどうか。
さいこ)
そうですね。やっぱり(買い付けの時は)知ってる人の顔とか自然と浮かびますし。あの人っぽいなとか。でも服は前回初めて買い付けてみて、本当に大変。
田中)
雑貨のほうが楽?
さいこ)
楽って言うとまた違うんですけど。古着だと一気に物量多くなる。しかも見る(チェックする)ところが多い。サイズ感もだし、コンディションもだし。すごく可愛くてもすごくボロボロだったり。それでも直せる範囲で生地自体が良いなって思えたら買ったりもするんですけど。サイズ感はまだ全然つかめない。
田中)
確かにチェック項目は多いかも。
さいこ)
こんな破れあったっけ??ショック!! みたいな。店頭に並べるまでも時間と労力かかるし。
田中)
今さいこさんはどういうテイストの古着が好きですか?これからどういうものを紹介していきたい?
さいこ)
年代とかのこだわりは特にないんですけど、とにかく作り込んだもの。人が作ったであろう。みたいなのが感じられるものがいいですね。お直し跡とかも(好き)。ああ、大事に着てたんだなっていうのが感じられるし。状態がいいに越したことはないんですけど、そいう痕跡も含めていいなって思えるものを紹介していきたいですね。
田中)
手仕事が感じられるもの。さすが松本の出身だ。
さいこ)
やっぱり自分の小さい頃のことも影響してるのかな?って思います。振り返ってみると。
田中)
お店の中で、自分が思い入れのあるものってありますか?
さいこ)
やっぱりバスクリネンは私の中で特別ですね。古いものだから、いつまで買い付けができるかわからないけれど、できるだけ多く集めて紹介したい。
田中)
今回、エスパドリーユもたくさん持ってきてくれた。これは実際に工場まで足を運んだんですよね?
さいこ)
はい、直接Don Quichosse (ドン・キショース: バスク地方で100年以上続く老舗エスパドリーユ工房)に行って、職人たちの話を聞いてきました。
田中)
職人さんたちとはどんな話をしたの?
さいこ)
とにかく情熱がすごくて作っていることに誇りを持っているんですよ。製作手順を丁寧に一生懸命実演しながら説明してくれましたね。最後に、来てくれて本当にありがとうって言ってくれて。それからもう2年くらい経つのに今でもインスタでコメントくれたり、いろいろ繋がってて。私も去年お店でドン・キショースのフェアをやったり。その時に手作りで日本語のキャプションを作ってドン・キショースに送ったんですよ。日本で出版されているバスクの本を添えて。するとちょっと珍しいタイプのエスパドリーユを送ってくれたりして。一回しか会っていないのに、そういう繋がりをとても大切にしてくれて。
田中)
それはさいこさんがその会社のことをすごく大切にしているのが伝わるからだと思う。
さいこ)
だって100年以上作り続けているって単純にすごいことだって思いますもん。もちろん中にはなくなってしまったものもあるだろうけど、それを守ってるってすごい。そういう伝統に限らず、古着でも小物でも(古いものが)残っていること自体すごいというか、それが今日本にあって次またどこに行くのかわからないなんて本当に面白い。
田中)
zugana というお店を通して、さいこさんが実現したいことって?
さいこ)
私の中でバスクに対してすごく思いがあって。そういう意味でバスクの歴史をもっと知りたい。いっぱい出来事がある。そういうことを学んだ上で歴史とか出来事と共に古いものを紹介していけたらと思います。
田中)
伝えたいことはものだけじゃないんだ。
さいこ)
単純に自分が興味がすごく湧いてきちゃうんですよね、不思議と。それを追求しつついろいろと紹介できたらなって。
田中)
どうしてそこまでバスクに思い入れがあるの?
さいこ)
なんでしょう。わからないですけど、古い写真なんかを見た時に本当にハッとすることがある。色とかもそうだし。何か自分がこう。。。
田中)
いちいちツボ?
さいこ)
笑。いちいちツボ。なんか、あんまり(理屈を)捻ってもわからない。
田中)
さいこさんはパリも行くでしょ。南仏やスペインの違うエリアも。その中でバスクはやっぱり特別?
さいこ)
特別ですね。滞在期間も一番長く設けるし、バスクだけでいいんじゃないかなと思うこともあるし。
田中)
どうしてこんなに自分がバスクに惹かれるんだろうって思わない?
さいこ)
思いますよ。毎日バスクのことを考えています。そう言ったらオーバーですけど、いつも気になってます。
田中)
ある意味、その答えを探すためにお店をやってる?
さいこ)
独身だったらリアルに住むとか考えるのかもしれないですけど。笑
でも主人はそんなにバスクに思い入れがある人が香椎にいていいわけ?って。笑
17,19/06/2020 terrain vague にて
お客さんのことを正直考えていなくて。
むしろちょっと裏切りたいみたいな気持ちもあるんですよね。
no.001
津留慎太郎(つるしんたろう)
Picnika 店主
2007年 Picnika をオープン。ハンガリーやルーマニアなど、東欧の素朴でおおらかな古物や土着的な手仕事などを扱う。
聞き手:田中章宏(たなかあきひろ)
terrain vague 主宰
1998年にフランス、イギリスを中心としたヨーロッパのビンテージショップ “monogrim(モノグリム)” をオープン、2018年にクローズ。この度、古いものを通してより開かれたコミュニケーションの場を作りたいと、terrain vague をオープン。
買い付けは、出会いの連続
津留)
ぼく真面目なんですよ。
田中)
そうかな?津留くんは最終的なところ、大体のことは結構どうでもいいと思ってる気がする。表面のメッキの真面目さだよね。そのうち中のものが溢れてきて、メッキが剥がれてくると思う。
津留)
よくわかりましたね。メッキ剥がせたらもっと楽しくなるでしょうね。
田中)
津留くんに訊きたいと思っていたことがあって。出会って間もない頃、ある時津留くんが「ぼくもお店やりたいです」って言ったんだよね。最初、津留君は古着屋をやりたいって言ってた。
津留)
そうそう、古着屋やりたかった。
田中)
その時協力できることはするよって言ったんだけど、次にお店に来た時「やっぱり雑貨屋します」って。その間に何があったの?
津留)
古着屋やりたいって言って、その時僕どこに行きたいって言ってました?
田中)
ヨーロッパ。
津留)
ヨーロッパって言ってました?ぼく高校卒業して3年くらい山口のマツダに勤めてたんですよ。車が好きって言うよりは、お金をためようと。その頃からぼんやり自分のお店がしたいっていう気持ちがありました。福岡に来て、わりと何もしてない時からmonogrim に来てたんですよね。いや、マツダの頃からきてた。
田中)
山口から来てたの?
津留)
はい。でも(田中さんと)話すようになったのはこっち来てからだから、23か4歳の時。それでなんか古着屋やりたいって思ってたんですけど、僕がアメリカに行ってたの知ってます?
田中)
知らない。行ってたの?
津留)
(具体的に)どういうところで仕入れてとか、本当に行きたいっていうのがあって。西海岸とかロスとか。1ヶ月とかいたんです。知り合いもいて、日本人の。その時にあんまりピンと来なくて。土地の感じもそうだし、なんか違うなと思って、やっぱりヨーロッパ行きたいっていうのがすごく強くなって。でその時買ったものが、古着というより食器とか雑貨とかがが多くって。
田中)
アメリカ行った時に?
津留)
もっと服とか買うと思ってたら。だったら雑貨に、とシフトチェンジしたのはそれがきっかけ。ヨーロッパに行くきっかけも、アメリカに行ったから。逆に。
田中)
何となく思い出してきた。津留くんがアメリカ行ったこととか。
津留)
思い出しました?
田中)
最初古着屋やりたいって言ってた時と、雑貨屋になりたいって言った時と、その間にアメリカがあったんだ。なるほど。
津留)
僕もちょっと自分のことながら(時系列は)怪しいですけど。ルーマニアに行こうと思ったのは、本とか映画とか。
田中)
最初はチェコにも行ってたもんね。
津留)
最初は五カ国くらい。1ヶ月半くらいかけてポーランド、チェコ、ハンガリー、ルーマニアとクロアチアとか行ったのかな。
田中)
(当時)ヨーロッパ=フランスとかイギリスとかさ、なんかそういうメインストリームがあったじゃない?どうして東欧に行ったの?
津留)
それは多分映画とか。エミール・クストリッツアの映画とかあの辺の舞台にされた映画の影響。あと、みやこうせいさんという写真家の方がいて、その人がルーマニアのことを書いてるんですけど、その本とか写真とかみて、とかの影響。でも完全に人と違うことをしたいというのが大きいですね。半分以上そうかもしれないです。きっかけ。だから最終的には好きになってるんですけど、入り口としては、割と天邪鬼的なそれが大きいです。フランス行ってもたくさん好きなものあると思うんですけど、でも自分がやってもしょうがないなっていうのがあります。
田中)
例えば、ハンガリーとかルーマニアに行っても、これ(展示品)が全てじゃないじゃない?もっと雑多なモノがあって、もっと多様性が一つの国の中にもあるじゃない?でもある程度そこで抽出して一つの世界観を作るというのは、ひとつの発明だと思う。
津留)
うん
田中)
でも、ルーマニアとかハンガリーに行ったことがないお客さんはルーマニアに行ったらこういうものがあるんだって、こういうのがルーマニアなんだって思ってしまう。でも行くとないんだよね。
津留)ないですよね。それお客さんから聞きますね。行ったけどなかったって。
田中)
ね、そりゃないんだよ。だってこれはさ、津留くんの頭の中の国だもんね。
津留)
それこそ僕が田中さんに言ったみたいに、こういう仕事がしたいってたまに話されたりするんです。でも自分ではそんなにすごいことをしてるっていう意識がそもそもなくて。だからこういうものを選ぶ作業って難しいことなんだってその人に言いたくないから、割と簡単にできる感じで伝えちゃうんですよね。でも一応それは才能っていうことですよね、田中さんからすると。選ぶこと自体っていうことが。
田中)
才能っていうか、一つの国だよね。国っていうか、世界っていうか、宇宙っていうか。名前はないかもしれないけれど。津留くんもモデルがあって行ったわけじゃないじゃない?こういうお店作りたいとか、こういう人に近いことやりたいっていうか。
津留)
考えたことないですよね。
田中)
ね、行ってみて初めて自分の目で見て、自分の頭で抽出して作り出してる。だから、それは純粋に出会い。ところが津留くんのお店に来て、津留くんみたいなお店を作りたいと思って行く人はPicnika にあるモノを頭の中にストックして、それを探そうとするでしょ。出会うと探すって全然違うんだよね。
津留)
意識していなくても、絶対出ちゃうものですよね。
田中)
ね、そして探すとそれしか見えなくなるから、他のものを見落としちゃうっていうか。でも純粋にさ、単なる出会いの連続としてものを見ていると、常にフラットに見ていられる。だから探すのって辛いだろうなってすごく思う。
津留)
あー。
田中)
探すと見つからないとか、そういうストレスが出てきちゃう。でもただ出会いにいってると思えばその辛さがないっていうか。
津留)
毎回不安ではありますけどね。買い付け。
田中)
毎回ずっとフラットな感じを保つっていうのはさ、すごく難しい。だんだん過去の自分の中にストックされた知識と経験をなぞっていくようになってしまうしね。そういうの考える?「あ、自分またこれ探してるな」みたいなさ。
津留)
たまにありますね。
田中)
そうなると辛くなるってくる?
津留)
単純に飽きるっていうのがあります。笑
田中)
そう、飽きる。笑
津留)
すごく素敵なものでも、やっぱり同じものを繰り返し仕入れると単純に行っている地域も飽きてくるっていうのはあります。
田中)
そういう時はどうするの?
津留)
不思議と何か、ルーマニアとか特に未知なところが今でもあって、行く度に新鮮なのでストレスはまだないのかもしれません。毎回刺激的っていうか。
田中)
最初オープンした頃は今回持ってきてくれたようなちょっとポップな絵本とかポスターとか多かったよね。だんだんこっちじゃないなとか、こっちが案外好きだから掘り下げようとか自分の中で細かいチェンジがあったと思うんだけど、そういうのは津留くんの中に明らかにその瞬間から変わったなっていう経験とか出会いがあったりするの?
津留)
あんまりそういうのはないかもしれないです。今泉から六本松に移転するきっかけで、ちょっと違うPicnika にしようと思ったんですよね。
田中)
それは場所が変わるから?
津留)
同じだと面白くないかなと思ったことが大きいかもしれません。さらにそこから今のところになって、またちょっと変えようかなっていうのがありますね。
田中)
それは場所に合わせて変えようと思ったの?自分の中で好みが変わったとかではなく?
津留)
ではない。好みというか、最初はポップなものを選んでいて、その時は自分が欲しい自分が好きなものというよりはお客さんに若干合わせてるというか、これ売れるとかちょっと考えていましたね。今の方がより好きなものを選んでる。
田中)
今、津留くんはファンをたくさん獲得して、共感してくれる人が増えたからできているよね、きっと。
津留)
でもあんまりお客さんのことを正直考えていなくて。むしろちょっと裏切りたいみたいな気持ちもあるんですよね。
田中)
天邪鬼だ。笑
津留)
ガラッともっと変えたい気持ちもあるんですよね。こんなもんじゃないよ、みたいな。笑
田中)
まずちょっとBGMとかピコピコさせてもいいんじゃない?
津留)
電子音とか。でもそれがなんかやりきれない真面目さがあるんでしょうね。メッキのね。笑
田中)
今こそ、そこまで真面目じゃないぞっていうのを打ち出したいね。
お店に元々そんなに執着ないんです。
でもまあ、辞めないですけど。好きだし。意外と。
田中)
今回は何でまた家具をやってみようと思ったの?
津留)
割と前からやりたいと思っていたんです。ようやく資金と場所ができたところで子どもも生まれて。ちょっとだけビジネス的なことも考えた。単純に単価が上げられるので。
田中)
子どもが生まれてお店の経営とかもの選びとか変わったことある?
津留)
もの選びはあまり変化ない。でもお店突然辞めてもいいかなって思うようになりました。子どもが生きていく上で、経済的に難しいと思ったら稼げるところに行ってもいいかなって。お店に元々そんなに執着ないんです。でもまあ、辞めないですけど。好きだし。意外と。モノグリムみたいに20年は越えたいかな。
田中)
20年近く前の話だけど、たまの知久さんがたまを解散して間もないころだったかな、話してて、「何でたま解散しちゃったんですか?」って訊いたの。たまはその時メンバー3人だったんだけど、メンバーで来年で結成20年かって話をした時に20周年を迎えたら多分あっという間に30年が来るっていうのがすごく容易に想像できちゃったんだって。それで辞めたって言ってたの。そんなもんなのかな?ってその時思ったんだけど実際20年ってなった時にすごく気持ちわかってさ、多分30年すぐだって。
津留)
意識しちゃうから?
田中)
10年ってこのまま続けたらあっという間だろうなって。ちょうど洋服も作り始めていたし今なら辞めてもいいって思えたから自分は20年で辞めちゃったけど。もし津留くんが30年やるなら今とは全然違う30年後を迎えて欲しい。それができると思う。
津留)
やっぱり単純に途中で飽きると思うんですよね。同じペースだと。また変化していく気がします。何かしら。今は家具を始めているんで、本当に楽しかったです。仕入れが。
田中)
大変だよね。家具ね。
津留)
何のストレスもなく仕入れができたのは、今までいいと思っても諦めてたのが手に入るから。楽しかったです。仕入れが本当にやっぱり一番好きなんで。誰でもそうかもしれないけど。
田中)
その好きな仕入れで面白いエピソードがあれば。
津留)
面白いエピソード。。
田中)
実際に大変な場面もあると思うんだけど。本当に困った!みたいな。その時にどうなるの津留くん。逆に振り切れて楽しくなってきた!ぐらいの感じになるの?
津留)
ああ、どっちかというとそっちでしょうね。死にそうになったことはありますね。
牧羊犬が3匹くらいどわーっときて、僕の周りを囲んでもう今にも噛みつきそうで。
その時は身の危険を感じた。羊飼いがやめろって言ったらやめてくれたんだけどまじで食いちぎられると思った。あとルーマニアの田舎の線路。結構でかい遮断機が降りてて。で、待ってたら開いたんですよ。僕の前に車が2台。1台、2台って行って僕も続いていったらまた下がってきたんですよ。その間5秒くらい。
田中)
こわっ。
津留)
でももう前に進めないんですよ。つまってて。遮断機が完全に車の上にバーンって降りてきて。線路から出なきゃいけないじゃないですか。電車がきちゃうから。何とかハンドル切り返してまたこっち側に戻る感じで避けれたんですけど、その時はほんとに死ぬと思いました。まさかそんな3秒ぐらいで、5秒くらいか。もう一回降りるとか笑。もうずっと下げとけばいいじゃんって。でも不思議と車もほぼ無傷だったんですよ。
田中)
それ家具買い付けの時?
津留)
家具じゃない時。
田中)
買い付けはいつも車で移動するの?
津留)
だいたいそうです。
田中)
思い出深い品って?
津留)
それ結構言われますよね。思い出深いっていうよりはこの中で好きなものはなんですか?とかよく訊かれる。「全部」って答えますね。好きなものっていう問いに対しては。
田中)
好きだから買ってきてるんだよね。でもある程度目が慣れてきた中で、それをポンと上回るものが現れた時ってすごく新鮮だし、それがあるから続けていられるじゃない?
津留)
そうなんです。毎回それがあるから。
田中)
そういうものって思い入れがない?新しい世界を見せてくれたっていうことに対して。
津留)
あのスタンプ(※)は5年くらい前に初めて仕入れて。その時は1、2個しか集められなかったんですけどいろいろリサーチしてたくさん買えるところを聞いたりして。
田中)
最初に見つけた時は現地で出会ったんでしょ?出会った時は?
津留)
これが何なのか知らなかったんですよ。帰ってから聞いたりして。
田中)
良いなって思って買ったんだ。
津留)
完全に形だけで綺麗だなと思って。そうしたら、パンに押す判だったんです。ルーマニア正教の聖体礼儀という儀式でぶどう酒とパンを食べるんですけど、その時のパンに押す判。
田中)
これは練った段階で押して焼くの?
津留)
煎餅みたいにあまり膨らまないパンなんで、押したところがちゃんと型になるんです。これはいずれ写真集みたいなのを作ろうと思っていて今までに見つけたもの全部撮ってある。これの展示も去年やったんです。70個くらい集めて。結構好評でした。ほとんどの人が見た事がないものがこうやって展示で成り立って、みんな買っていってくれる。それがすごく面白かったです。
田中)
スタンプの名前は?
津留)
プロスフォラ・スタンプ。日本では呼び名がないみたいなのでそう呼んでます。最近の思い入れがあるものってこれかもしれないです。本当に自分で見出した感があったというか。もちろん買い付けてる人いるとは思うんですけど、70個も集めて展示をした人はいないと思うので。
田中)
自分より先に買い付けている人がいるかいないかは関係ないと思う。自分が本当に出会ったかどうかだよね、話は戻るけど。探したんじゃなくて出会ったもの。
津留)
でもそこは多少意識していますね。誰かに先にやられるよりは自分が先にやりたいって感じで。(東欧の)家具もそんなにやってる人いないから。
田中)
そんな一面もあるのね、津留くん。
津留)
笑。ダメでした?
(※)正教会の聖体礼儀で用いられるパン(プロスフォラ)に押す判のこと。イエス・キリストが最後の晩餐でパンとぶどう酒をとり「これはわたしの身体、これはわたしの血である」と言い、弟子たちに分け与えたことに基づいた儀式。聖体礼儀によりキリストの身体と血に変化したとされるパンとぶどう酒をご聖体と呼び、信徒はそれらを感謝のうちに身体に受け入れる。刻印されたIC XC NI KA は「イイスス・ハリストス(イエス・キリスト)勝利」の意味を持つ。
新しい所では Picnika の違う面を出していきたい。
田中)
津留くんは買い付けに行く時ってある程度(行程を)決めていくの?
津留)
ある程度決めて。空けている日もあります。実際向こう行って、こんなの探してるって聞き回ったりするし、それで一般の家まで行ってというのは良くあるので。
田中)
現地で友達とかってできてる?
津留)
友達はそんなに多くはないですけど、連絡する人はいます。主にハンガリー人。ハンガリーの人ってすぐ仲良くなれるっていうか、めちゃくちゃ親切で。すぐ家に呼ぶし、すぐご飯どうって。それが結構楽しいですね、買い付けの時。
田中)
ルーマニアは?
津留)
ルーマニアもハンガリー人の村があるんですよ。割とそういうところに行くことが多くて。結構違うんですよ、人種の性格っていうか。ルーマニアはかなりラテンなんでめちゃくちゃ喜怒哀楽激しい。ハンガリー人はもうちょっと真面目なんです。
田中)
以前ハンガリー買い付けで行ったんだけど、まだ津留くんがお店始める前。バス降りて泊まる宿も決めてないし、とりあえずブダペストの街中をブラブラ歩いてたらさ、杖を持って仙人みたいな白い髭生やした半ズボンのおじいちゃんが、「日本人か?泊まるところ探してるのか?うちに泊まれ」って。のこのこついていったら家に泊めてくれて。お金取られたんだけど。笑
津留)
単純に民泊みたいな感じの?
田中)
そう。泊めてくれるのかな?って思ったらさ。笑
津留)
今はあまりいないんですけど、以前は駅とかバス停に行くとそういう客引がたくさんいて。
田中)
客引きいるよね?ハンガリーだけじゃない?いや、チェコもいたな。
津留)
最近はもうあまりないですけど、あの辺の文化でしょうね。あれも面白いですよね。最初の頃は泊まるところとか決めずに行ってたから、割とそういうところに泊まったりして。でも一度、さっきまで誰かが寝てたようなベッドの部屋に連れて行かれたことがあって。その時はおばちゃんが電話で話してるすきに走って逃げましたけど。笑
田中)
自分も逃げたことあるよ。逃げるが勝ちの時ってあるよね。今回の「Picnika 赤盤」で伝えたい事は?
津留)
そう訊かれると特にないですよね。ここ(terrain vague)に関しては自分が楽しいだろうなって思って。ここに立てるって割と憧れでもあるし、そっちの方が大きいです。自分が楽しもうっていう。
田中)
伝えたい事って訊かれたら、これ(商品)を見てくださいっていう。
津留)
いつもそれしかないですよね。
田中)
言葉にできるものってない?感じ方は人それぞれだし、受け手に任せちゃう?
津留)
やっぱりわかりやすく、おおらかなとか素朴なっていう言葉は使うけど、本当はあまり言いたくない。東欧っていう表現に関しても同じ。最初一応「東欧雑貨」って書いてたんですよ、看板とか。でも途中でやめたんです。東欧って括っちゃうの、なんかやだなって。
田中)
チェコとかは日本から見ると東欧って言うイメージだけど、実際には中欧だよね?
津留)
東欧って言っちゃうと社会主義の意味合いが入ってくるんですよ。今となってはその表現がミスマッチだからそれを使わないようにしようっていうことで、多分中欧ってなったんですよね。
田中)
そうなんだ。
津留)
日本で東欧って言うと単に地理的な話として受け止められているから使っても問題ないと思うんですけど。ただ、買い付けに行きだして間もない時に向こうでイースタンヨーロッパって言った時、ちょっと「おや?」ってなる感じの反応があったことはあります。
田中)
日本にいると、その辺いつの間にか疎くなってる。フランス行ってる時に、ベレー帽が政治的なメッセージ持ってるっていう話を聞いた時には結構びっくりしたんだよね。
津留)
え?どういうこと?
田中)
ベレー帽ってバスク地方の帽子じゃない?バスクって、スペインになったりフランスになったりっていうのをずっと繰り返してて、すごく独立思考のあるところでしょ?で、ある時フランスの友人にバスク被ってる人たちは若い女の子とかはもう普通にファッションとしてかぶってるけど、おじさんたちで被ってる人たちっていうのは政治的にあるメッセージを持っている人たちが結構いるのよね、みたいに言われたんだよね。
津留)
へー。
田中)
でも日本だとね、全然そういうことは意識しないじゃない?
津留)
初めて知った。
田中)
行かないとわからないことっていっぱいある。津留くんはモノを介して自分の経験も伝えているわけだから、買い付けの度に一冊の旅行記を出してるようなものじゃないかな?買い付けたものをお店に並べて、これ新作です。みたいな。
津留)
言葉で伝えたいわけじゃないですもんね。あくまでもので伝える。見て何を想うかって。
田中)
気分は新しいCD出す、新しい詩集出すっていう感じなのにね。
津留)
そうですね。
田中)
それが音楽や言葉でなくもので伝えるっていう。
津留)
(ディスプレイのセオリーが無視されたコーナーを指差し)このテーブルは完全に曲順がめちゃくちゃにされてますもんね。
田中)
1曲目にこれ持ってくる?だよね。最後に持ってくる6分とか7分の曲を1曲目に持ってきてる感じ。シャッフルされると普段と全然違う曲順で聞いてすごく新鮮で良かったりっていうのあるよね。お店の中も積極的にしていかないと、せっかく大きな家具とか入ったんだから。
津留)
それも多分場所で変えられると思うんですよね。変えるというか新しいところ(店舗)を探してます。そこではPicnika の違う面を出していきたい。
田中)
でもここ(terrain vague)でいつもと全然見え方違うね。ピクニカの空間とね。それ面白いね。
津留)
田中さんがギャラリーやるって言った時、壁は白い方が良いんじゃないかとちょっと思ったんですよ。いろんな人がやるし。でもこれ見ちゃうとこれに意味があるなと思う。
田中)
自分を裏切りたいね。
津留)
そうなんですよね。そういう気分はやっぱりありますね。メッキを剥がさないと。
田中)
そういえば、津留くんはデザインの仕事もしてるけど。
津留)
はい。あ、最近ローソンのパッケージが話題になってるの知ってます?めちゃくちゃシンプルになって。見た目のデザインはいいかも知れないけど、人に伝わらないと意味がない。
田中)
それは買い付けたものやお店のあり方全般にも言えること?
津留)
すべてに通じると思います。
09/06/2020 terrain vague にて